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橋元遺跡

画像:橋元遺跡 

 橋元遺跡は、大子町中央部を流れる久慈川右岸の標高93~95mの河岸段丘上に立地しています。
平成17・22年度の調査の結果、縄文時代、平安時代、中世の遺構や遺物を確認し、断続的ながらも長期間にわたる土地利用の状況が明らかになりました。特に平安時代の住居跡が37軒確認され、遺跡の中心的な時期となります。煙道の長い竈(かまど)が多く見られることから、東北地方南部や栃木県北東部との関連がうかがえ、当集落の人々がこれらの地方の人々との交流を盛んに行っていたことを裏付けています。集落の中には「村の鍛冶屋」(小鍛治)もあり、農作業や繊維生産に関わる鉄製品を作ったり、傷んだ鎌や鋤(すき)などの鉄製品の修理をしたりしていたと考えられます。
これまでの調査で確認した遺構は、竪穴住居跡38軒(縄文時代1、平安時代37)、鍛冶工房跡1軒(平安時代)、掘立柱建物跡2棟(平安時代、中世)、方形竪穴遺構8基(平安時代2・中世6)、土坑207基(縄文時代2、平安時代107、中世3、時期不明95)、焼土遺構3基(時期不明)、柱列跡1列(時期不明)、ピット群1か所(時期不明)です。
遺物は、遺物収納コンテナ(60×40×20センチメートル)に60箱出土しています。主な遺物は、縄文土器(深鉢)、土師器(坏・高台付坏・高台付椀・甕)、須恵器(甕)、土製品(管状土錘・羽口)、鉄製品(小刀・刀子・鎌)、石器(礫器・石鏃・打製石斧・石皿・磨石・敲石)などが出土しています。

 

画像:橋元遺跡(平成22年度発掘調査)
橋元遺跡(平成22年度発掘調査)

  • 区分:遺跡(周知の埋蔵文化財)
  • 種別:集落跡
  • 所在地:南田気字橋元367-1ほか
  • 時代:縄文、古墳、奈良・平安、中世

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