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宝泉寺遺跡

画像:宝泉寺遺跡(石碑) 

 宝泉寺跡は、中世から近世にかけての寺院跡であり、また中世戦国時代の戦陣跡です。現状は、山腹平坦部で原野となっています。
宝泉寺は、宝蔵山来光院宝泉寺(真言宗)といい、上年数村(常陸太田市上利員町)鏡徳寺末寺で、永正元年(1504)開基、寛文3年(1663)当時石高1石5斗4升、檀家307人でしたが、天保13年(1842)頃、水戸藩の社寺整理により廃寺となりました。
同寺は、本尊が阿弥陀如来で慈覚大師の作とされ、ほかに水戸義公(徳川光圀)から拝領の不動明王が安置され、足利尊氏が寄進したとされる水晶数珠1連、唐金香炉一つ、鰐口1口が宝物として奉納されていたと伝えられています(加藤寛斎『常陸国北郡里程間数之記』)。
また、この寺の本尊仏安置の扉の片方が現在水戸市加倉井町の妙徳寺に保存されていますが、これには永正7年(1510)及び大永6年(1526)に那須氏一族の内紛に際して、その鎮圧のためこの地に出陣した江戸氏や外岡氏等の一族武将が書き残した和歌や武将の名前が記されています。こうしたことからこの地は、戦国武将が出陣した戦陣の跡であったことが分かります。
現在、同寺跡には、「當寺開山法印宥徳」の石碑と2、3の墓碑が散在しているほか、永正7年にこの地に出陣した加倉井日向守の子孫が、大正15年7月に建立した「弔英霊」碑が、この地の傍らに建っています。
なお、宝泉寺跡は平成2年10月から3年1月にかけて発掘調査が行われ、建物跡1棟や生活用具遺物又は生活面などが検出されています。

 

画像:宝泉寺遺跡

  • 区分:遺跡(周知の埋蔵文化財)
  • 種別:戦陣跡
  • 所在地:小生瀬字下谷澤2995ほか
  • 時代:中世、近世

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